DB研究の事例紹介

臨床試験の限界『5toos』でこそ役立つ データベース(DB)研究の事例紹介

はじめに

臨床試験から得られる結果には5つの限界があるとされています。この限界は、5つのtoo(少ない)ということを意味していることから、『5toos』と表現されています。本記事では、臨床試験で発生する限界に対して、どのようにDB研究が役立つ可能性があるのかお伝えし、臨床試験が実施しにくい状況でこそ活用できるDB研究の事例をご紹介したいと思います。

今後DB研究に関わろうとしている方や、リアルワールドエビデンス(RWE)の活用方法が分からない方、DB研究で何ができるかをイメージできていない方は是非ご参考にしてください。

『5toos』とは

医薬品や医療機器は臨床試験によってその有効性が確認されています。特にランダム化比較試験(RCT)は因果関係を検証する上でのゴールドスタンダードであり、バイアスを最小限に抑えて、高い内的妥当性を保証します。しかし、臨床試験にも限界があり、その限界は『5toos』という言葉で表現されています。

  • too few:研究対象の症例数が少ない
  • too narrow:特殊な患者(腎機能・肝機能障害、妊婦等)は除外されている
  • too median-aged:高齢者や小児は除外されている
  • too simple:投与方法が単純化(併用薬が限定される等)されている
  • too brief:投与期間が短く、長期投与の結果が分からない

こうした『5toos』の限界は時間的制約やコスト、人権、倫理等の問題に起因するもので、この臨床試験の限界を補完する調査や研究を行うことが重要とされています。

『5toos』に対するDB研究のメリット

それぞれの限界に対して、DB研究では下記のような形で有用な可能性があります。

  1. too few → 難病・希少疾患や稀なアウトカムにおいて十分な数を確保可能
  2. too narrow → 特殊な患者を除外しない
  3. too median-aged → 高齢者や小児のデータを収集することが可能
  4. too simple → 薬剤の併用、標準的ではない治療法を含めて、診療実態を反映して様々な治療が行われている
  5. too brief → 長期にわたる追跡が可能

『5toos』を補完するDB研究の事例紹介

実際のDB研究の事例について、同じ疾患および薬剤を対象とした臨床試験と比較しながらご紹介します。

ピオグリタゾンと膀胱がんの関連性の調査1)

【研究概要】

研究目的 2 型糖尿病患者におけるピオグリタゾンの使用と膀胱がんリスクとの関連を評価すること
使用したDB ヨーロッパ4ヵ国(フィンランド、オランダ、スウェーデン、イギリス)の医療情報データベース

 

【DB研究と臨床試験の比較】(過去に実施された複数の臨床試験の情報を確認)

 

  DB研究 過去の臨床試験2-5)
対象者
  • 2 型糖尿病患者
  • 2 型糖尿病患者
N数
  • 1,629,409例
  • 最もN数が多い試験:約5,000例
  • その他の試験で約280-500例
年齢
  • 下限:40歳
  • 上限:70歳以上
  • 下限:30歳
  • 上限:75歳
平均年齢
  • ピオグリタゾン群:63.2歳
  • コントロール群:65.4歳/66.6歳
  • ピオグリタゾン群:57-78歳
  • コントロール群:57-59歳
特殊な

除外基準*

  • DBへの登録期間が12ヵ月未満の患者
  • 他のチアゾリジンジオン薬使用中に
    ピオグリタゾンによる治療を開始した患者
  • 1 型糖尿病の徴候がある患者
    • ケトアシドーシスの病歴
    • インスリン療法のみ受けていた
    • 既に血液透析を受けている
    • 足潰瘍、壊疽、または安静時痛がある
    • 肝機能が著しく損なわれている
  • 腎臓、肝臓、膵臓、その他の臓器、または
    重篤な併発合併症を持つ患者は除外
期間

(投与/観察/追跡)

  • データ抽出期間(組入期間+追跡期間):
    6~16.5年
  • 観察/追跡期間:0.5~4年間

 

比較対象に選んだ臨床試験は、膀胱がんではなく心血管イベントの発症リスクを評価した試験ですが、同じ疾患および薬剤を対象としています*。上図よりDB研究と臨床試験を比較すると、第一に登録症例数において大きな違いがあります。臨床試験の登録症例数は基本的に500例以下の試験が多い中、今回のDB研究は約163万例のデータを使用しています。また、除外基準に関してもDB研究と比較して臨床試験の方が厳しい基準が設定されており、特殊な患者が除外されています。研究期間に関しては、臨床試験と比較してDB研究の方が長期にわたって対象患者を観察・追跡しており、ピオグリタゾンによる治療後の長期的な結果を示しています。

*除外基準:DB研究で設定されていた膀胱癌関連の除外基準、比較対象の臨床試験で設定されていた心血管イベント関連の除外基準はそれぞれ表中に記載していません。

静脈血栓塞栓症患者におけるDOACとワルファリンのアウトカム比較6)

【研究概要】

研究目的 急性VTEの発症後に抗凝固療法が6ヵ月を超えて延長され、DOACまたはワルファリンを処方された
患者における、再発性VTE、出血による入院、および全死因死亡の割合を比較すること
使用したDB カリフォルニア全土の医療保険加入者のデータを含む大規模DB

【DB研究と臨床試験の比較】(過去に実施された複数の臨床試験の情報を確認)

  DB研究 過去の臨床試験7)
対象者
  • VTE患者
  • VTE患者
N数
  • 18,495
  • 少なめの試験:約1,400例
  • 多めの試験:約20,000例
年齢
  • 下限:18歳
  • 上限:85歳以上
  • 18歳以上
平均年齢
  • 約62歳
  • 大半の試験が50代後半
  • 70代の試験もいくつかある

特殊な
除外基準

  • 急性 VTE の新たな診断を受けた成人
  • データ抽出期間内で初めて抗凝固療法を
    受けた患者
  • VTE インデックス日以前に少なくとも
    12 か月の継続登録
  • 血液検査関連の除外基準に抵触
  • 低分子ヘパリンによる長期治療が
    予想されるがんを患っている患者
  • 臨床的に重大な肝疾患(急性肝炎、
    慢性活動性肝炎、肝硬変等)がある
  • 重度の腎障害がある
  • 出血リスクが高いと見なされる患者
    • 出血性疾患または出血性素因を有する
    • 過去〇ヵ月以内に大手術を受けた、
      あるいは今後受ける予定がある
    • 頭蓋内の新生物、動静脈奇形または
      動脈瘤を有する
    • 〇ヵ月以内に消化管出血を来した
    • 頭蓋内出血、眼内出血、脊髄出血、
      後腹膜出血、または非外傷性関節内
      出血の病歴がある患者
    • 登録の〇日以前に血栓溶解療法を受けた
    • 過去〇日間に胃十二指腸潰瘍疾患が
      確認された
    • 投薬制限が必要と予想される
  • 症状の持続期間が〇日を超えている
  • ヘパリンあるいはX線造影剤の使用の
    禁忌がある
  • 妊婦または妊娠している可能性がある
  • 〇年生存が期待できない患者

期間
(投与/観察/追跡)

  • データ抽出期間(組入期間+追跡期間):
    9年
  • 追跡期間
    • 短い試験:7ヵ月
    • 長い試験:34ヵ月

本研究には85歳以上の後期高齢者のデータも含まれており、幅広い年齢層をカバーしています。臨床試験では、余命に関する除外基準が設けられていることが多く、DB研究と比較して平均年齢が低い試験が多い傾向にあります。また、臨床試験では除外基準が数多く設定されており、腎機能、肝機能、治療歴等の問題から特殊な患者が除外されています。追跡期間に関しても、DB研究と比較して臨床試験は短く、薬剤の長期投与の結果を評価できていません。

侵襲性髄膜炎菌感染症患者の死亡率と経済負担8)

【研究概要】

研究目的

侵襲性髄膜炎菌感染症 (IMD)患者における退院後の死亡率と、後遺症による経済的負担(国家による
財政支援の必要性)を評価すること

使用したDB

フランス在住者の96%をカバーするレセプトDB

【DB研究と臨床試験の比較】(過去に実施された複数の臨床試験の情報を確認)

 

DB研究

過去の臨床試験9-10)

対象者

  • IMD患者
  • IMD患者

N数

  • 3,532例
  • 30-100例

年齢

  • 下限:0歳
  • 上限:90歳以上
  • 0-24歳

年齢の中央値

  • 21歳
  • 14.5歳

特殊な
除外基準

  • 特になし
  • 頭蓋内病変を有する
  • 知的障害を有する

期間
(投与/観察/追跡)

  • データ抽出期間:6年
    • 追跡期間:2.8 ± 1.9年
  • 研究期間:5-10年

本研究はIMDという希少疾患を対象としている中、3,532例のデータを使用しているという点で、DB研究の強みが発揮されている研究と言えます。IMDを対象とする臨床試験の場合、大規模なもので約100例ですが、それでも10年という比較的長期の研究期間を設定した上でようやく登録できた症例数です。

また、本研究は全年齢層(0歳児〜90歳以上)をカバーしている点でも臨床試験と大きく異なります。比較対象に選んだ臨床試験はどれも小児を対象とするものであり、年齢の中央値はDB研究と比較して低い結果になっています。IMDは乳幼児や10代だけでなく40代以降も患者発生の報告が見られる疾患11)のため、幅広い年齢層をカバーしている点は本研究の強みと言えます。

最後に

本記事では、5toosの観点からDB研究の強みについてご紹介しましたが、もちろんDB研究は決して万能ではありません。使用するDB自体に追跡性やデータの分布、疾患定義等の点でリミテーションがある場合があります。また、組み入れ基準の設定方法によっては調整できない交絡因子(記録されていない臨床情報等の未測定交絡)が存在してしまうケースが多くあります。

一方、臨床試験では、均質な集団に対して試験を実施したいという背景や倫理的な配慮があり、厳しい組入基準が設けられています。既知及び未知の交絡因子を調整し比較可能性を担保できる一方で、その基準を設けることで小児や高齢者、その他ハイリスク患者、様々な治療歴のある患者が除外され、実臨床の臨床背景とのギャップが大きくなることも多いです。

本記事では、臨床試験を組みにくい『5toos』でこそ役立つDB研究の事例をご紹介しましたが、DB研究を実施する際は、DB研究でできることや、DB研究の強み・弱みを正しく理解することが非常に重要です。DB研究の実施を検討される方に向けて、本記事が参考になると幸いです。

※DB研究でできること、強み・弱みについてより詳しく知りたい方はこちらよりお問い合わせください。

参考文献

  1. Korhonen P, et al. BMJ. 2016 Aug 16:354:i3903.
  2. Charbonnel B, et al. Diabetes Care. 2004 Jul;27(7):1647-53. 
  3. Shihara N, et al. J Diabetes Investig. 2011 Oct 7;2(5):391-8.
  4. Yamasaki Y, et al. J Atheroscler Thromb. 2010 Nov 27;17(11):1132-40.
  5. Perriello G, et al. Diab Vasc Dis Res. 2007 Sep;4(3):226-30.
  6. Fang MC, et al. JAMA Netw Open. 2023 Aug 1;6(8):e2328033.
  7. Sun MT, et al. JAMA Ophthalmol. 2017 Aug 1;135(8):864-870.
  8. Shen J, et al. Infect Dis Ther. 2022 Feb;11(1):249-262.
  9. Marshall H, et al. BMJ Open. 2019 Dec 29;9(12):e032583.
  10. Baloche A, et al. PLoS One. 2022 May 26;17(5):e0268536. 
  11. 侵襲性髄膜炎菌感染症マネジメント
株式会社 データック

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