はじめに
匿名医療保険等関連情報データベース(以下、NDBデータ)の活用機会は年々増加しています。診療実態の把握や疾患負荷の評価、製品価値の有用性検証など、NDBデータの活用は研究開発段階から上市後まで、幅広いフェーズで重要性を高めています。

図1: NDBの利用を検討している方へのマニュアル 令和7年5月版 厚生労働省保険局医療介護連携政策課 保険データ企画室より

図2: NDBの利用を検討している方へのマニュアル 令和7年5月版 厚生労働省保険局医療介護連携政策課 保険データ企画室より
NDBデータの利用方法には「媒体提供」「オンサイトリサーチセンター」「HIC(Healthcare Information Center)」の3種類がありますが、本記事では媒体提供方式に焦点を当てます。なお下記の通り、媒体提供データにも「特別抽出」「集計表」「サンプリングデータセット」という3種類があります。

図3: NDBの利用を検討している方へのマニュアル 令和7年5月版 厚生労働省保険局医療介護連携政策課 保険データ企画室より
本記事では、筆者の実務経験をもとに、下記4つのPhaseを円滑に進めるための注意点と工夫を紹介します。
- 申請に必要な書類の準備
- 取扱区域の環境・体制整備の準備
- 書類申請後からデータ受領までの待機期間
- 解析実施
Phase①:申請に必要な書類の準備
概要
NDBデータを利用するには厚生労働省への申請と審査を経て承認を得る必要があります。必要書類は申請書、依頼書、誓約書、運用管理規定など多岐にわたり、「どのデータを」「どの条件で」「どの目的に利用するか」を詳細に記載しなければなりません。
特に難しいのはデータ抽出条件の指定です。
- 抽出した患者IDを基に他のレセプト情報を取得
- 医科・DPCなどフォーマットごとに必要項目を正確に指定
これらの選択を誤ると必要なデータが抽出されず、再抽出には再審査が必要となり、研究スケジュールが大幅に遅れることがあります。
申請は個人ではなく法人・組織単位で行う必要があり、取扱責任者や成果公表方針、抽出データの期間・種類なども詳細に記載しなければなりません。
実務上の注意点や工夫
- 記載内容や方向性をNDB第三者提供窓口担当者に事前相談し、不明点を早めに解消
- 提出締切までの約1か月間に複数回修正が発生するケースあり(筆者は5回以上のやり取り経験)
- 特に指摘が多いのは「抽出条件の明確化」と「記載の整合性」
- 特別抽出を利用する場合は倫理審査委員会の承認が必須。待機期間を短縮するために、NDB申請と並行して倫理審査を進めると効率的
- 成果物を外部公表する際には、事前に厚労省の確認・承認が必要
Phase②:取扱区域の環境・体制整備の準備
概要
NDBデータの解析環境は「特定個人情報等の取扱区域」に該当し、極めて厳格なセキュリティ要件が設けられています。匿名化データであっても医療情報に基づく機微な内容を含むため、環境構築は不可欠です。
例:
- 外部ネットワーク接続の制限
- 入退室管理の厳格化
- データ持ち出し禁止
- 成果物の外部公表時には厚労省による確認・承認
実務上の注意点や工夫
- 環境整備には時間がかかるため、申請準備と並行して早期に設計開始
- アクセス可能な担当者が限定されるため、作業スケジュール調整が必須
- 解析結果の共有方法(オンサイトレビューや成果物確認プロセス)を事前に計画
- 自社内で整備が難しい場合は、既存の解析環境を有する外部機関やオンサイトリサーチセンターの活用も有効
Phase③:書類申請後からデータ受領までの待機期間
概要
承諾の通知からデータ提供まで、下記流れとなっています。
- 承諾の通知
- 審査が完了すると二次利用ポータル上又は郵送で審査結果が通知されます。
- 後日厚生労働省から通知に係る書類も送付されます。
- 抽出・手数料納付
- 申請者は、手数料額が通知され次第、通知に従って手数料を納付します。
- 承諾通知から一定期間以内に手数料の手続きが行われない場合、申請取り下げとなる場合があります。
- データ提供
- 抽出が完了し、手数料の納付を確認した後、データが提供されます。
- 媒体提供(又はオンサイトリサーチセンターの利用)の場合、データ提供後に「NDBデータの受領書」を提出します。
書類申請からデータ受領までに長期間を要する点は最大のボトルネックです。
- 審査は年4回で、結果が出るまで1〜2か月
- 承認後も特別抽出データ受領までさらに数か月〜1年以上
例:
- 2025年1月時点:新規提供申出から受領まで300日以上かかるケースが報告
- 筆者の事例:2021年9月申請 → 2023年3月受領(500日以上)
実務上の注意点や工夫
- 待機期間を活用してマスタ構造の理解や解析計画書の作成を進める
- 公開されているサンプルデータやダミーデータを使い、解析計画書に基づく解析を事前に試行しておくと効率的
Phase④:解析実施
概要
NDBデータは医科・DPC・歯科・調剤といった複数ファイル群で構成され、それぞれ異なるキー構造を持ちます。さらに診療報酬改定やマスタ更新でコード体系が年度ごとに変更されるため、解析前処理には高度な理解が必要です。
実務上の注意点や工夫
- レイアウト仕様書やマスタ一覧を精読し、どのファイルにどの変数があるか・どのIDで連結するかを事前に整理
- コード変更を見落とすと誤差が生じるため、最新のマスタ改訂情報を常に確認
- 解析専門家や経験者と連携し、マスタ更新やコード体系の違いに関する知見を共有
さいごに
NDBデータの媒体提供を通じた活用は、製薬企業にとって悉皆性を担保した上で疾患や治療の実態を深く理解し、効果的なエビデンス創出を行うための強力な手段です。
一方で、
- 申請書類の準備
- 取扱区域の環境整備
- 書類申請からデータ受領までの待機期間
- 解析実施
といった各Phaseには大きなハードルが存在します。
しかし、実務経験者との連携、事前の情報収集、スケジュール管理の徹底によって、これらの課題は十分に乗り越えることができます。
データ活用の重要性がさらに高まる今、NDBデータは製薬企業にとって欠かせない研究基盤となるでしょう。本記事が、貴社におけるNDBデータ活用の第一歩を踏み出す一助となれば幸いです。
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