はじめに
近年、診療ガイドラインでは、RWD(リアルワールドデータ)を活用したデータベース研究が引用される事例が増えています。
RWDから生み出されたRWE(リアルワールドエビデンス)が診療ガイドラインで活用されやすい領域として、下記3つの領域があります。
- 疾患疫学(有病率や重症度分類別の割合・予後
- 診療実態(検査・治療実態やエビデンスプラクティスギャップ等)
- 有用性(有効性や安全性・医療費等)
これらは、臨床現場の実態を科学的に明らかにしたRWEとして、既存治療の妥当性を検討するほか、新たな臨床上の問いを生み出す上で大きな価値があります。
診療ガイドラインは、科学的知見をまとめ、臨床現場で最適と考えられる治療方法などを提示する文書です。ここに研究成果が採用されれば、論文の公表のみならず、全国の医療従事者が日々参照する実装されたエビデンスとして機能し、社会的なインパクトを持つ大きな成果にもなります。
しかし、実際に診療ガイドラインに影響を与える研究をまとめた情報はあまりありません。
そこで、この記事では、臨床現場により大きな影響を与えるRWEを明らかにするため、日本の診療ガイドラインで参照されているレセプト・DPCデータベース研究をご紹介します。
疾患疫学(有病率や重症度分類別の割合・予後)
RWEの役割
診療ガイドラインでは疾患疫学に関するRWEが引用されることがあります。特に重視されるのは、疾患の実態や重症者の分布、治療のトレンドやアウトカムの推移の調査を裏付けるという点です。RWDに基づく研究では、臨床感覚や小規模な調査だけでは捉えにくい疾患の実態を示し、診療ガイドラインの推奨の妥当性や診療方針を見直す際の疫学的根拠として補完する役割を持ちます。
研究事例
「2025年改訂版 成人先天性心疾患診療ガイドライン」1では、成人先天性心疾患(ACHD)患者の終末期の実態を明らかにした研究2が引用されています。先行研究が単施設中心で一般化に限界があったことを背景に、JROAD-DPCデータを用いて全国規模の調査が行われました。結果として、疾患の複雑性が高い患者ほど若年で死亡し(複雑性群の死亡中央値:39.0歳)、死亡前に心肺蘇生やPCPS、人工呼吸などの侵襲的治療を受ける割合が高いことがわかりました。また、複雑性が高い患者の居住地と専門病院との距離が遠く、4人に1人以上が入院後31日を超えて死亡している実態も明らかになりました。
これらを踏まえ、診療ガイドラインでは「地域の循環器専門施設やかかりつけ医との連携構築することが重要である」と結論づけ、現行の診療体制を再考し、より持続可能な地域連携の必要性を示唆するエビデンスとして活用されています。
診療実態(治療・検査実態やエビデンスプラクティスギャップ等)
RWEの役割
診療ガイドラインの推奨と臨床現場での実践の間には、しばしばギャップが存在します。このような「エビデンスプラクティスギャップ」や、まだ有効な治療方法がない診療実態を明らかにするという「アンメットメディカルニーズ」を可視化するRWEは、診療ガイドラインにおいても重視されます。
「エビデンスプラクティスギャップ」を題材とした研究が診療ガイドラインに採用される場合、「未診断・未検査・未治療患者数」といったギャップ(診療実態)をデータベース研究で客観的に示すことが多いです。重要なことは、このようなエビデンスプラクティスギャップは、必ずしも不適切な診療ではないということです。先進医療や個別化医療の結果が記述されていることもあります。一方で、診療ガイドラインの推奨に即していないエビデンスプラクティスギャップをうまく記述できたRWEは、診療ガイドラインにおいて推奨内容の見直しや介入施策の根拠となります。
研究事例
例として、「2023年 循環器領域における睡眠呼吸障害(SDB)ガイドライン」3では、JROAD-DPCデータを用いた研究が引用されました。心血管疾患(CVD)患者の睡眠障害性呼吸(SDB)における診断・検査・治療の実施状況が、2010年の診療ガイドライン以降どのように変化しているかを調査しています。結果として、2012年〜2019年に睡眠障害性呼吸(SDB)の症例数が増加した一方、入院中の検査実施率は41.9%から23.7%へ低下し、治療導入(CPAP)はほぼ横ばいという現場の実態が示されました4。これは診断されたにも関わらず「検査や治療が十分行き届いていない」というアンメットメディカルニーズをRWEで示唆した好例といえます。実際の診療ガイドラインでも、「とくにここ数年の診断検査数や治療導入数はまだ十分とはいえない」と記載され、治療・介入を望む患者がいる可能性を示しています。
有用性(有効性や安全性・医療費等)
RWEの役割
有用性に関するRWEは、治療の効果・安全性・費用対効果を実臨床のデータから評価し、診療ガイドラインにおける推奨度の補強や治療選択の妥当性の検証に活用されます。RCTが倫理面や費用面での制約で実施が困難な場合においても、データベース研究を用いることで臨床現場での有効性を検証できることが強みです。また、医療費負担を考慮した推奨事項を検討する際にも用いられます。
研究事例①
データベース研究によりRCTでは実施困難だったエビデンスの空白を補った例として、「2025年改訂版 肺血栓塞栓症・深部静脈血栓症および肺高血圧症ガイドライン」5で引用された研究があります。高リスクPTE(肺血栓塞栓症)に対するV-A ECMO導入例の再灌流方法の有効性について、DPCデータを用いて検証されました6。
ECMO導入2日以内に全身血栓溶解を行った群と行わなかった群を比較した結果、院内死亡率をはじめとする各種アウトカムには有意な関連が認められませんでした。RCTが倫理的に困難な領域における実臨床を反映したRWEとして引用され、診療ガイドラインにおける推奨クラスIIa/エビデンスレベルCの根拠の一つとなりました。
研究事例②
医療費の評価においても、RWEが診療ガイドラインに活用されています。MDVデータベースを用いた研究では、再発CDI患者の入院総費用や入院期間の影響について調査しています7。調整後の解析結果として、CDIの再発は、非再発CDI患者と比べて医療費が高く(128万円)、入院期間も約3週間延長することが示されました。この知見は「Clostridioides difficile 感染症 診療ガイドライン 2022」8に引用され、「Clostridioides infection(CDI)の再発リスクが高い患者への初期治療薬にフィダキソマイシンを使用することを弱く推奨する」ことを一部補完したほか、「再発リスクの高い患者への投与は利益が害を上回る」と判断する根拠の一つとなっています。
研究事例③
同様に、「心不全診療ガイドライン(2025改訂)」9では、急性心不全におけるカルペリチド使用の予後および医療コストへの影響を裏付けるためにデータベース研究が用いられています10。結果として、予後改善効果や医療コストの軽減効果は明確ではなかったことが示され、「急性非代償性心不全に対するカルペリチドのルーチン使用は推奨されない」という診療ガイドラインの主張を補強しています。
さいごに
診療ガイドラインにRWEが引用されるためには、実臨床に即した問いを設定し、臨床的意義や政策的価値を持つエビデンスへと昇華させることが求められます。
実際の診療ガイドラインでは、患者や診療の実態、治療の有効性について検証されたデータベース研究を中心に引用されており、今後もRWEが日常の診療の意思決定を補完する役割として活用されることが期待できます。
弊社では、臨床経験を持つメンバーが多く在籍しています。お客様の目的に合わせて各データベースの特性を踏まえた最適な設計を行い、研究の質と実効性の向上をご支援しています。実務上の課題や企画段階でのお悩みがあれば、お気軽にご相談ください。(ご相談・お問い合わせはこちら)。
参考文献
- 日本循環器学会,日本小児循環器学会,日本成人先天性心疾患学会合同ガイドライン.山岸敬幸(班長),石津智子(副班長)ほか.2025年改訂版 成人先天性心疾患診療ガイドライン.東京:日本循環器学会;2025年3月29日.Available from: https://www.j-circ.or.jp/cms/wp-content/uploads/2025/03/JCS2025_Yamagishi.pdf
- Akiyama N, Ochiai R, Nitta M, Shimizu S, Kaneko M, Kuraoka A, Nakai M, Sumita Y, Ishizu T. In-Hospital Death and End-of-Life Status Among Patients With Adult Congenital Heart Disease - A Retrospective Study Using the JROAD-DPC Database in Japan. Circ J. 2024 Apr 25;88(5):631-639. doi: 10.1253/circj.CJ-23-0537. Epub 2023 Dec 9. PMID: 38072440.
- 日本循環器学会,日本高血圧学会,日本呼吸器学会,日本呼吸ケア・リハビリテーション学会,日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会,日本心臓病学会,日本不整脈心電学会,日本睡眠学会合同ガイドライン.菅西隆彦(班長)ほか. 2023年改訂版 循環器領域における睡眠呼吸障害の診断・治療に関するガイドライン. 東京:日本循環器学会;2023年3月11日. Available from: https://www.j-circ.or.jp/cms/wp-content/uploads/2023/03/JCS2023_kasai.pdf
- Takeishi R, Yoshihisa A, Hotsuki Y, Anzai F, Sato Y, Sumita Y, Nakai M, Misaka T, Takeishi Y. Temporal Trends in the Practice Pattern for Sleep-Disordered Breathing in Patients With Cardiovascular Diseases in Japan - Insights From the Japanese Registry of All Cardiac and Vascular Diseases – Diagnosis Procedure Combination. Circ J. 2022 Aug 25;86(9):1428-1436. doi: 10.1253/circj.CJ-22-0082. Epub 2022 Apr 27. PMID: 35474186.
- 日本循環器学会,日本肺高血圧・肺循環学会合同ガイドライン.田村雄一(班長)ほか.2025年改訂版 肺血栓塞栓症・深部静脈血栓症および肺高血圧症に関するガイドライン.東京:日本循環器学会;2025年3月29日.Available from: https://www.j-circ.or.jp/cms/wp-content/uploads/2025/03/JCS2025_Tamura.pdf
- Nishimoto Y, Ohbe H, Matsui H, Nakajima M, Sasabuchi Y, Sato Y, Watanabe T, Yamada T, Fukunami M, Yasunaga H. Effectiveness of systemic thrombolysis on clinical outcomes in high-risk pulmonary embolism patients with venoarterial extracorporeal membrane oxygenation: a nationwide inpatient database study. J Intensive Care. 2023 Feb 6;11(1):4. doi: 10.1186/s40560-023-00651-w. PMID: 36740697; PMCID: PMC9901114.
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