DB研究-フレームワーク・ツール-

製薬企業主導のデータベース研究を強化する、PMBOK®(プロジェクトマネジメント知識体系)の活用法

この記事は約6分で読めます。

はじめに

 データベース研究(以下、DB研究)は、既存のデータベースを使用するため標準的な臨床試験(RCT)と比較して早いという利点があります1。しかし、実際にはコミュニケーションロスや後戻り・再解析などの理由で想定以上の時間を要するケースが少なくありません。DB研究を円滑に進めていくためには、プロジェクトで発生しうる様々な課題を体系的に整理し、計画的かつ柔軟に対応することが重要です。

本記事では、DB研究で発生した困難事例について、プロジェクトマネジメント知識体系の枠組みであるPMBOK®(Project Management Body Of Knowledge)を用いて、研究プロジェクトをより効果的に推進するための実践的な観点を、体系的に整理します。

PMBOK®(プロジェクトマネジメント知識体系)とは

概要

PMBOK® とは、プロジェクトマネジメントの国際的標準であり、プロジェクトを管理・遂行するための知識や手法をまとめた知識体系です2。PMBOK®のガイドである「PMBOK®ガイド」は、米国プロジェクトマネジメント協会(PMI)によって発行されており、1996年初版以降、概ね4年ごとに改訂されています。現行の第7版は2021年に発行され、第8版は2025年中に発行予定です。

現行の第7版PMBOK®ガイドは、二部構成となっており、プロジェクトに関わるメンバーの行動指針である「プロジェクトマネジメントの原理・原則」と、プロジェクトをどのような観点で整理し、どのような活動を行うべきかを示した「プロジェクトマネジメントのパフォーマンス領域」で構成されています。

プロジェクトマネジメントの原理・原則

PMBOK®第7版の原理・原則では、プロジェクトに関わるメンバーがどのように行動するべきかを示しています。ウォーターフォール型・アジャイル型などプロジェクト形態を問わず、プロジェクト成功のための普遍的な12の原理・原則がまとめられています。その12の原理・原則を以下にご紹介します。

これらを単なるルールとして形式的に守るのではなく、プロジェクトで適切な判断を下すための「行動指針」として本質を理解することが重要です。

プロジェクトマネジメントのパフォーマンス領域

PMBOK®第7版のパフォーマンス領域では、プロジェクトをどのような観点で整理し、どのような活動を行うべきかを示しています。プロジェクトの成果を効果的に生み出すために不可欠なチームやステークホルダー、計画、成果管理などの主要な8つの領域があるとされています。具体的には、以下の8つの主要な領域が定義されています。

DB研究では、研究計画書の策定から解析・報告まで製薬企業やCROなど多様な関係者が関わることに加え、想定外の解析結果が出るなど不確実性も存在します。プロジェクトマネジメントのパフォーマンス領域は、こうした複雑なプロジェクトを体系的に整理し進めるための枠組みとなります。

PMBOK®は、DB研究においても「12の原理・原則」でプロジェクトメンバーの行動指針を揃え、「8つのパフォーマンス領域」でプロジェクトの管理・実行を推進するための枠組みとなります。

DB研究の困難事例をプロジェクトマネジメントの観点から紐解く

事例1:研究計画書策定が難航し、期日までに間に合わない

未経験のデータソースを用いたデータベース研究プロジェクトにおいて研究計画書を策定するときに、データ項目の確認タスクが想定よりも多数発生しました。さらに、年末年始の休暇も重なって実働時間が限られました。その結果、研究計画書の固定の期日が迫る中で、重要な論点や課題の整理が曖昧なままになっていました。

この状況をPMBOK®のパフォーマンス領域で捉えると、「プロジェクト作業(Project Work)」に該当します。この領域は、プロジェクトの実行中のコミュニケーションや進捗管理のあり方を検討・実施する領域です。DB研究では、データ抽出や解析といった業務進行の可視化・管理に該当します。また、この領域を進めていく際に特に重要となるPMBOK®の原理・原則は、「スチュワードシップ(Stewardship)」「チーム(Team)」「テーラリング(Tailoring)」の3つです。

特に、「初めてのデータソース」且つ「年末年始で関係者がとても忙しくタスク漏れのリスクが高い」という状況に柔軟に対応する「テーラリング」が重要でした。

これら3つの原理・原則に基づき、通常の業務フローよりは細かい粒度でタスク管理を行う方針としました。具体的には、研究計画書の章ごとに進捗・課題・担当・期日を整理し、タスクを可視化することで対応しました(以下の画像)。その結果、双方のタスクを期日までに対応を完了し、差し戻しなく研究計画書を固定することができました。

事例2:事前調査段階における調査パターンの多様化

レセプトデータ上でどの傷病の定義が望ましいかを評価する事前調査を行いました。より妥当な傷病の定義を選定するため、定義パターンの数が想定以上に増加し、分析・比較に時間を要する事態となりました。

研究チーム内でも意見が分かれ、「念の為できるだけ多くのパターンで定義を確認したい」という意見と「目的から優先順位を明確化することで、少ないパターンで定義を確認したい」という意見がありました。

この状況をPMBOK®のパフォーマンス領域で捉えると、「ステークホルダー(Stakeholders)」および「不確実性(Uncertainty)」の2つのパフォーマンス領域に該当します。前者は関係者との良好な関係を構築・維持するための活動領域であり、後者はリスクや不確実性を特定し、最適な対応を取るための活動領域です。また、PMBOK®原理・原則においては「価値(Value)」の原則が重要と考えられます。価値の原則とは、プロジェクトが本来達成すべき目的や成果の価値に焦点を当てて意思決定を行うことです。

この原理・原則に基づき、両者の意見をすり合わせ、事前調査の目的を再確認し、意思決定の流れを明確化する方針を取りました。具体的には、検討の進め方を明確にするために、事前調査資料に予備調査の目的・意思決定フローを事前に設定しました。さらに、事前調査用の資料には目次を設け、表・図の一覧、タイトル、目的を整理して記載しました。研究チーム内で調査の目的と意図を迅速に共有でき、最小限の検討項目で効率的に意思決定を行えるようになりました。その結果、事前調査フェーズの工数を最小化できました。

さいごに

DB研究は、疾患・薬剤・研究デザイン・利用データベースの違いにより前提条件が大きく異なり、想定外の事象が生じる可能性があります。また、研究計画書の固定や傷病の定義の選定、部門間の合意形成、スケジュール管理など、多くのハードルを乗り越える必要があります。だからこそ、PMBOK®第7版の「12の原理・原則」と「8つのパフォーマンス領域」に基づき、プロジェクトで発生しうる様々な課題を体系的に整理し、計画的かつ柔軟に対応することが重要です。

本記事が、貴社のDB研究にPMBOK®の知識体系を取り入れる第一歩となれば幸いです。実装方法や具体事例の共有が必要な際は、どうぞお気軽にご相談ください(ご相談・お問い合わせはこちら)。

参考文献

  1. Nazha B, Yang JC, Owonikoko TK. Benefits and limitations of real-world evidence: lessons from EGFR mutation-positive non-small-cell lung cancer. Future Oncol. 2021 Mar;17(8):965-977. doi: 10.2217/fon-2020-0951. Epub 2020 Nov 26. PMID: 33242257.
  2. Project Management Institute. (access:2025/11/01). Project Management Institute. https://www.pmi.org/
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